ついに、忍足さんの試合のある日曜日がやってきた。 会場は氷帝学園のようで、忍足さんの試合は2時頃かららしい。今の時間は1時40分。もうすぐで氷帝学園につくし、調度良い時間帯といえるだろう。 「(うわ・・相変わらず、広い!)」 ようやく氷帝学園の校門にたどりつく。『氷帝学園』という看板があるのでかろうじてここが学校だと分かるが、なにも知らない人が初めて見たら絶対学校とは分からないだろう。どこかの1流ホテルのようにも見える! 練習試合ということもあってか、校門は開放されており、その近くに立っていた警備員さんに頭をさげるとぺこりと警備員さんもお辞儀を返してくれた。よし、テニスコートへ向かおう。 「(えっと・・歓声が聞こえるし、こっちでいいよね・・)」 微かに聞こえてくる応援の声を頼りに、テニスコートと思われる場所へ足を進める。徐々に近くなってくる歓声に、帽子をぎゅっと被りなおして服装を整える。万が一のためだ。今日はみんな試合に夢中になっているからバレてしまうことはないだろうが、用心をしておくに越したことはない。 「(・・ん?)」 校舎と離れていき、テニスコートを目指していると、中庭らしき場所が見えてきた。緑をたくさんつけた木が間隔をあけて生えている。下も芝生になっていて、ここでお昼寝したらさぞかし気持ちいだろう――そう思わせるような、場所だった。 「(あれは・・)」 そんな場所に、見たことのあるような、透き通った黄色の髪の毛を持つ男の子が見えるのは気のせいだろうか。大きな木の下でテニスバックを背もたれにして気持ち良さそうに眠っている。 ――忍足さんに、氷帝の人には近づかない様にって言われたけど・・あの人なら、いいよね? 腕時計をちらりと見やり、まだ時間があることを確認すると、私は気持ち良さそうに眠る彼の元へ走り出した。 * * * 今日は区内でも中々強い学校との練習試合の日だった。俺の出番は中盤で、全員がシングルスで試合を行う。そろそろ出番が近づいてきて、跡部にアップをしてこいと言われて、――中庭に来て、こうして寝てしまってる訳だけど。こんな気持ち良さそうな芝生を見たら、誰が眠らずにいられるんだろう。こんな日こそ、絶好のお昼寝日和だ。後でバレたら跡部に怒られそうだけど。 「(なんだかなあー)」 テニスは、好きだ。強い奴と当たるととてもワクワクするし、それで勝っても負けてもとても楽しい。 ただ、もうすぐ試合だというのに自分は――テニスとは、全く関係のないことを考えていた。 1年ほど前に、ひょっこりと突然現れた一人の女の子――。 なんだか不思議な雰囲気をもつ人で、恋とかそういうのとは関係なしに、純粋に惹かれていて。彼女の隣は陽だまりのにおいがして、とても心地が良い。 いつだったか、彼女が忍足の妹だと言った時。そんな嘘は俺にはバレバレで、彼女には信用を寄せていたから――なんだか、裏切られた気分になった。それで一度は腹が立ったものの、彼女を心の底から怒ることなんて出来なくて。 ちゃんは無意味に人を騙すような嘘をつく人物ではない。それは一緒に居て、つくづく分かったことだ。だから俺はその嘘を黙認して、いつか話してくれるのを待つことにした。 やっぱり彼女は優しい人で、俺はどんどん彼女に惹かれていって。でも、俺は知ってる。ちゃんはいつも、別の人を見ている。それも、すごく優しい目で。 俺がその人の話をすると、決まって彼女は楽しそうに、幸せそうに目を細める。そんな彼女の笑顔が好きで、俺はいつもそいつの話をしたりした。 俺が元気のなかった日も、彼女は同情をする訳でもなく、そっと言葉をかけてくれた。その言葉の強さは、真っ直ぐな瞳は俺を優しく立ち上がらせてくれたし、そんな彼女にますます惹かれた。 でもやっぱり、彼女はあいつの話を愛しそうに話す。そりゃあ、胸が締めつけられることもあったけど・・あいつを優しく見つめる彼女が、俺はすごく好きで。好きで、好きで。 「(はぁ・・)」 そろそろ起きた方が良いだろうか。もう少しここにいても、時間はあるだろうか。そう悩んでいると、少し離れた場所からこちらへ駆け寄ってくるような足音が聞こえてきた。・・樺地、かな。 「(・・?)」 近寄ってきた足音がぴたりと止み、変わりにがさごそと鞄の中から何かを取り出しているような物音が聞こえる。なんだろう、と思っていると、いきなり俺の頬に冷たい何かが押しつけられた。びっくりして思わず声を上げてしまう。 「あははっ、おはよ、慈朗くん!」 「、ちゃん!」 ”冷たい何か”の正体であろうペットボトルを持った彼女は、にかりと笑みを見せた。 ばくばくと高鳴る心臓を押さえながら、彼女の顔を見上げる。彼女は相変わらずにこにこと笑っていた。 「あー、すごいびっくりしたC〜!」 「ごめんね。慈朗くんの姿見えたから、思わず」 「でも、ちゃんなんでここにいるの?」 本来ならここにはいない筈の彼女。ただでさえ、忍足から来ないようにと言われているんだろう。それなのに、何故ここにいるのだろうか。 「忍足さんがね、試合を見にきて良いって言ってくれたの」 ――ほら。 あいつの名前を口にした彼女は、やっぱり凄く幸せそうにはにかんで。 「そうだったんだ!忍足はすげー強いよ!」 複雑な心境になりながらも、俺だってやっぱり彼女のそんな笑顔が好きで。 「うん、すごい楽しみ。あ、慈朗くんもやっぱり出るんだね!いつ?」 「忍足の次の試合だよ」 「あ、じゃあ見てくね!応援するよ」 彼女は別の人が好きだと分かっているのに、好きで好きで、たまらないなんて、もう嫌になってしまう。いっそのこと、この気持ちが消えてしまえば楽なのに。――そう思って一体どのくらいの月日が流れたんだろうか。 「ありがとう」 そういって俺は、諦めにも似たような気持ちで笑った。 BACK ↑ NEXT |