桜の季節がやってきた。外に出るたびに、そろそろ桜が開花するなあと思ってきたが、ついに町中の桜が花を開かせていて、とても美しい。

こうやって見てみると、春以外には気づきにくいが町中のほとんどの木が桜の木だったことに気づく。

桜は派手な花ではないし、色も白や薄い桃色で薔薇や向日葵などの華やかさはない。それでも私たち日本人は桜を愛しており、その美しさと儚さに心を奪われる。1週間と持たないその桜の美しさを見るたび、別れと出会いの季節がやってきたと実感するのだ。

かくいう私も桜を愛する人間の一人であり、桜見たさのために散歩をしている。公園などでは花見が行われており、街はとてもにぎやかだ。

しかしそんな賑やかさから少し離れ、私の足はとある場所へと向かっていた。


「うわあ――・・」


知る人ぞ知る、『薔薇の人』の豪邸だ。
さすがに私有地であるし、高級住宅街なので花見をしている人はいない。しんと静まり返った中で、目を引く桜の木が1本ある。

周りの桜の木と比べると、高さは1.5倍にもなるだろうか。とにかく大きな大きな桜の木が、薔薇の人の豪邸の門に、綺麗な桜を咲かせていた。
風に吹かれてひらひらと舞う桜の花びらが、とても儚げで綺麗だと思った。


「この木は、先代から受け継がれてきた木だ。エドヒガンザクラといって、樹齢は400年にもなる」


背後から聞こえてきた声に思わずびくりと肩を震わせる。ものすごく振り向きたくない。どうしてこの人は、背後に忍び寄るのがこんなにも上手いんだろうか。


「よう、久しぶりだな、失礼女」


おそるおそる振り返る。そこには、にやりと不敵な笑みを浮かべた薔薇の人がいた。



*  *  *



とある用事を終え、彼は家路を辿っていた。街中桜が満開で、とても美しいと彼は思った。しかし一番美しい桜は、間違いなく我が家の桜だと自信がある。先代から受け継がれてきた桜は樹齢400年以上にも上り、他の桜からは飛びぬけた大きさと美しさを誇っている。毎年この桜を見るたびに、今年も色んな出会いと別れがあるのだろうとしみじみしたものだ。

正面門に近づくと、どうやら1人の女が自分の家の桜の前で立ち止まっている様だった。
そういえば、夏に向日葵を植えていた時は変な女に出会ったものだ。帽子を深く被り、少女のように向日葵に見入っていた彼女。あまりに見入っていたものだから、自分がどんなに近づいても気づく気配がない。なんだか面白くなり、彼女に声をかけてみた。


『――向日葵、好きなのか』


すると少女はびくりと肩を揺らし、ゆっくりと振り返った。戸惑っているようだったが、ゆっくりと言葉を紡いだ。


『えと・・す、好きです』


その答えに満足し、頬を緩ませると少女は唇をきゅっと噛みしめてわずかに身構えた。どんな目をいているのかは分からなかったが、自分に警戒している様だった。

しばらく少女と話したのだが、きちんと敬語を使い、しっかりと自分の意思を持っている娘ということが分かった。きっと中学生か、その位だろうか。

彼女はにこにこと笑っていて、なんだか不思議な感覚を覚える。こんな無邪気な笑顔を向けられたのは、何年ぶりだろうか。媚びたような笑顔ではなく、本当に、向日葵のような笑顔だと思った。

しかし彼女は自分を『薔薇の人』呼ばわりし、趣味悪いです!ホラーです!と失礼な言葉をどんどん吐き出していく。
出会ったばかりの女にそんなことを言わわれれば流石に堪忍袋の緒が切れ、少女を捕まえようとしたが少女は中々賢いらしい。商店街の方へと走り去り、瞬く間に人ごみに消えていった。

残ったのは苛立ちと、――やはり、不思議な感覚。まるで物語から飛び出てきたかのようなあの少女は、一体何者なのか。

そうだ、思い出してきた。あいつはこの桜に見入ってる女みたいに帽子を深く被って――・・この女、もしかして・・・


「(――おい、こいつは・・!)」


近づけば近づくほど、疑惑は確信へ近づく。そっと少女の背後に周って、こぼれる笑みを押し殺しながら少女に声をかけた。


「この木は、先代から受け継がれてきた木だ。エドヒガンザクラといって、樹齢は400年にもなる」


あの夏の日のように、少女はびくりと肩を揺らす。ただ1つ違うのは、あの日のようにこちらを振り向かないことだけだ。


「よう、久しぶりだな、失礼女」


そう口にすれば、ようやく少女はこちらを振り返り――自分の顔を、ゆっくりと見た。

その瞬間に少女の瞳がちらりと見え、その真っ直ぐさに思わず息を呑む。飛びぬけて可愛い訳でも、美人という訳でもなかったが、あの時のような不思議な感覚が胸を締めつける。
お前は一体、何者なんだ――そう問いただそうとしたが、少女はぐるりと向きを変えて走り出そうとした。思わず声を荒げながら少女の腕をぐい、と引っ張る。


「う、わあっ!」


少女は体勢を崩し、ぺたんと地面に尻餅をついてしまった。・・少し痛そうだが、不可抗力だ。悪く思わないでほしい。


「人の顔見て逃げるなんて、俺は随分良い気分だろうなぁ、オイ」
「ごめんなさい、ちょっと用事を思い出して!」
「俺の顔にメモでも貼ってあったか?」
「いや、ちょっと貴方の顔がお母さんの顔に似ていたから!」


せめてお父さんにしろ!と反論しかけた自分をぐい、と押さえ込み、ついでに尻餅をついた少女の正面に周りこんで逃げられないよう道を塞ぐ。少女からぐ、と言葉に詰まった音が漏れた。


「おい、お前は何者だ。名前は」
「な、何者でもないです、名前もそんな名乗る程じゃ、」
「お・ま・え・は、な・に・も・の・だ!」
「〜っ山野桜です!」


ヤマノサクラ。本当か?と少女を睨みつければ、必死にこくこくと頷く。サクラ。・・出来すぎじゃないか?と思わず疑いの眼差しを向けてしまうが、少女があまりにも頷くものだからきっと本当なのだろう。・・これで嘘だったら承知しないが。


「家は。学校は。歳は」
「そ、そんな質問攻めなんて卑怯ですよ!」
「良いから答えろ」
「私の家や学校を知ってどうするつもりですか!あっ!!まさかFAXを大量に送ったり、そういう嫌がらせを、」
「アホかテメェは!!」


声を荒げれば少女は「薔薇の人、こ、わい・・」と泣きそうな声を出す。・・仮にも、年下の女を怖がらせてしまった。これではこちらが悪者になってしまう。

はぁ、と心の中でため息をつき、座り込む少女の高さに合わせて自分もしゃがみこむ。少女は唇を噛みしめ、少し後ずさった。また警戒態勢か。


「俺は跡部景吾だ。この家に住んでいる。俺は怖くない」


とりあえず少女から自分への恐怖心を取り除きたくて、笑顔を浮かべてそう言葉を紡ぎ、少女の頭をぽんぽんと撫でる。少女はびっくりしたように口を少し開けたが、すぐに俯いた。耳が少し赤くなっている。


「別にお前を怖がらせたかった訳じゃない。確かにお前の失礼な行動には腹が立ったが、それは過去のことだ。忘れてやる」
「ご、ごめんなさい・・私、知らなかったとは言え本人の前で・・本当に失礼でした」


少女から謝罪の言葉が漏れ、少し驚いてしまう。意外としっかりしている。


「自分でもよく分からないが、お前のことが知りたい」
「えっと・・それは、ありがとうございます・・?」
「別に嫌がらせとかはしないから、お前のことを少し教えてくれないか」


自分にしては珍しく、下手に出た言い方で、しかもなるべく優しい言葉を選んで少女に伝える。――何故自分が、この少女にここまで執着しているのかも分からない。単なる好奇心と言ったら、一番良いだろうか。

しかし少女は、コンマ1秒でこう返してきた。


「ムリです。ごめんなさい」


「・・んだと?」
「私、薔薇のひ・・跡部さんが良い人だってことは分かりました!でも、ごめんなさい!」
「(俺様が下手に出で、それも優しく聞いたのに、か!?)おい、何故だ」
「(ぎゃあ、青筋!)えっと・・その、お母さんに・・知らない人に家のこととか教えちゃだめって・・」
「テメェ!いい加減にしろよ!人が下手に出てりゃあ!」
「ぎゃあ!悪いと思ってますって!私はサクラ、あなたは跡部さん、それで良いじゃないですか!」
「よくねぇ!」
「なにが良くないんですか!」


――なにがって、そんなの、・・・・・なにが?


「跡部様!?一体そんなところで――ああ、なんてこと!」
「あっ、山城!・・って、違」
「いやああ!跡部様があ!」


自分の怒鳴り声を聞きつけたのか、家のメイドがかけつけた現場は――きっと俺が、少女を襲っているように見えたのだろう。
山城を引きとめようと、立ち上がり彼女を追いかけようとする――が、するとサクラが一目散に反対方向へ逃げていく。


「・・チッ!」


ここでサクラを追いかければ、更に変な疑惑をかけられてしまう。
一体俺は、なにをあんな少女に執着しているんだ。そんなことを頭の隅で思いながら悲鳴をあげるメイドの後を追った。


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