3月中旬にもなったが、いまだに街には冷たい風が吹いている。そんな街の中、気のせいかカップル達がやたら多い。いや、気のせいなんかではないんだろう。だって今日は、恋人たちの日・ホワイトデーなのだから。

そんな中、私は忍足さんと一緒に歩いている。バレンタインデーのお返しに、映画でも見に行かないか。それが忍足さんの提案だった。


「何見よか」
「んー・・」


映画館の前にずらりと並ぶ映画の広告は、最近CMでもよくやっているものばかりで、どれを見ようか目移りしてしまう。
人気俳優が主演というアクションものも、甘酸っぱい恋愛ものも、有名監督の最新作品も、どれも同じくらいきらきらしている。


「見たいのあるか?」
「うーん・・どれも面白そうで選べないです・・」
「せやなあ・・やったら、一番早い上映時間のやつにするか?」
「そうですね」


ほな、ここで待っときいや。と、にこっと笑って言うと、忍足さんはチケット販売の窓口へと向かっていった。

――遠く離れていても分かる、忍足さんの姿。どんな人ごみの中にいようと、忍足さんの姿だけは見つけられる自信がある。もちろんよく知った人だからというのもあるが、やっぱり忍足さんは自分の中で特別な存在なのだ。・・特別な存在ってなんだ?


「ねぇっ、隣に並んでた人、かっこよくなかった!?」
「あ、私も思ってたんだ!なんか、クールって感じで・・」


忍足さんの隣に並んでいた2人の女の子が、嬉しそうに言い合いながら私の横を通り過ぎていく。うん、忍足さんはかっこいいよね。映画に出ている俳優さんたちにも劣らないかっこよさだと思うよ。――でもなんだか、こういうのを聞いてしまうと忍足さんをひどく遠くに感じてしまう。彼はやっぱり、別の世界の人なのだ。・・ああ、私がゲームの世界の人間、とかそういう意味ではなくて!


「お待たせ。今からやと15分後にコレが上映するって。コレでええ?」
「あ、これハリウッドのあの有名な女優さんが出てるやつですよね!面白そうですね」
「よかった。ほな、行こうかー」


忍足さんが見せてくれたチケットに書かれていた映画は、今をときめくハリウッド女優さんの最新作品の映画だった。恋愛映画らしいが、コメディや軽いアクションも取り入れた、力強い女性の物語らしい。

忍足さんと映画館へ入り、適当に空いていた席に2人で並んで腰をかける。・・ここもカップルでいっぱいだ。・・しかも、恋愛映画!これって、なんだか私たちも恋人同士みたいな雰囲気とかじゃ・・!!


「カップルばっかやなー」
「!そうです、ねー」
「ホワイトデーやし、当たり前か」


そう言って、忍足さんはにかりと笑った。

―そうだ、私たちはべつに恋人同士でもなんでもないんだから、そういうことは気にしなくていいんだ、うん!

しばらく忍足さんと談笑を続けていると、映画の開始を知らせるブザーが鳴り響いた。



*  *  *



「面白かった!」
「面白かったなあ」
「最後もさっぱりとした終わり方でしたね!」
「せやな。あんなスカッと終わってくれると、なんだか清々しいわ」
「ジョイかっこよかったー!」


興奮気味にそう伝えれば、忍足さんも笑顔を浮かべてその話に乗ってくれる。

ジョイというのは、主役のそれはそれは綺麗な女性で、一見大人っぽい色気むんむんの女なのだが、キックやパンチや暴言を吐いたりと少し乱暴な女性だ。
それでも見ている方が不快な気分になることはなく、むしろ「よく言った、ジョイ!」とスカッとした気持ちになる。彼女はユーモアのセンスも抜群で、その一言一言にはくすりと来るものが多かった。


見渡せばあたりはすでに暗くなっていた。ということで、忍足さんと映画館の近くのレストランに入り食事をする。食事をしている間も、私たちの会話の中心はジョイである。



「あんな女性になれたらいいなあ」
は無理やな」
「即答ですか!?」
「命かけたってもええわ。にはぜーったいムリ」
「人間、やれば出来る!・・かもしれませんよ」


確かに外見的にはどう考えたって私はジョイにはなれない。あんな脚が長くてボンキュッボンな体系には手術でもしない限りなれる筈がない。でも、だからって!そこまで否定されると凄く悲しい。

私が少し落ち込んでいると、忍足さんが少し考える仕草を見せ、口を開いた。


「んー・・もしがそういう人になろうとしたら、俺が止める」
「なんでですか!」
「ん?俺のワガママ」


なんですか、それ!思わず言い返してしまったが、本当に『なんですか、それ』だ。忍足さんはふと私の顔を見て、満足げに「うん、」と笑った。・・よく、分からない。


「もしかして馬鹿にしてますか!」
「してへんしてへん」
「・・してます」
「してへんよ。ほな、そろそろ出よか」


・・なんだかいい具合にごまかされた気がする!


*  *  *


夜の道を、忍足さんと2人で歩く。家まではあと数分といったところか。見慣れたこの道に少し安心感を覚える。


「なんだか今日は、全部おごってもらっちゃってすみません」
「ん?ええよ。バレンタインデーのお返しやし」


街頭に照らされて、はにかんだ様に笑う忍足さんにつられて自然と頬が緩んでしまう。


「今日はとっても楽しかったです。ありがとう、忍足さん」
「こちらこそ。俺も楽しかったで」
「私、男の人とこんな風に遊んだの初めてです。あ、でも忍足さんは男の人というよりは、何でも話せる女友達みたいな感じかなあ」


映画の感想だって言い合えて、くだらないことで何時間でも話せるような、そんな人。忍足さんには何を言ったって、受け止めてくれるような気がするのだ。


「そうそう、忍足さんは―――、忍足さん?」


急に隣で歩を進めるのをやめた忍足さん。一体どうしたのだろうと後ろを振り返ると、急にぐい、と腕を引かれた。かぶってた帽子がぽとりと後ろに落ちる。そっと背中に回された腕は、優しく私を包み込んだ。その優しさに、なんだか切なくなる。一体、何が起こっているのだろう。


「・・なぁ、
「は、はい」
「俺は・・・・・――俺は、」


どくん、どくん。
鳴り響いているのは、どちらの心臓の音なのだろうか。


「俺は――・・」


言葉につまったように、忍足さんは黙り込んだ。切ないくらいに優しく抱きしめられて、一体自分でもなにを考えているのかさえ分からない。頭がぐるぐるして、痛いくらいに、全身が熱い。

その数秒後、忍足さんは無言のままそっと私を抱きしめていた腕をほどいた。


「――なーんて、な」


びっくりしたやろ。そう言葉を紡いでにかりと笑う忍足さんに、とまどいと動揺を隠し切れない。もしかして、もしかしなくても私は、騙されたのだろうか!・・騙されたって、何をだ。よく分からないけどほっとした様な、腹立たしいような。


「そういうからかいは、駄目ですよ!心臓止まるかと思いました!」
「ははは。悪い悪い」


忍足さんは落ちてしまった私の帽子を拾い上げて、ぽすんと私の頭に被せた。そのままぽんぽんと頭を軽く叩かれる。また、私を子ども扱いする!


「ひどいです忍足さん!」
「よーしよし、飴ちゃんあげ」
「いりません!」


まだ、忍足さんに抱きしめられた熱が全身に残っているというのに。

あの壊れ物を扱うような優しさは、一体なんだったんだろう。



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