第4話 それは、とある日





「三瑚ちゃん、何描いているの?」
「えとねー、これがじろうくんで、こっちがさんご!」



うららかな午後。学校では、ちょうど忍足さんが5時間目の授業を終えた頃だろう。
クリーニング屋の店番をする私の膝の上には三瑚ちゃんが座っていて、カウンターを台にして絵を描いていた。


三瑚ちゃんとは、ここの店主の優子さんの娘さんでもあり、慈朗くんの妹でもある、まるで天使のような女の子だ。
くりくりとした目に、ほんのりと朱に染まっている頬。白くて、もちもちした肌。絡まってしまうのではないかと心配になるくらい長いまつげ。まさに”天使のような女の子”という言葉がぴったりだ。


私がクリーニング屋でバイトを始めて、3日が経った頃だろうか。
私に任された仕事内容は主に店番で、やってきたお客さんの注文を聞き洗濯物を預かったり、受け渡しをしたりするというものだった。

そのため、私は基本的には受付にずっと座っているということになる。(たまに優子さんが変わってくれるが)
大体お客さんは午前にやって来ることが多く、(まあ日にもよるのだが)午後は10分間隔だとか、そんなに頻繁にやってくることはない。
必然的に、受付にただ座っているというのは眠気を誘うものであって・・(アルバイトにあるまじき行為だが)その日も私は、うとうとしながらも受付に座っていたのだ。

カタン。

夢と現実の世界を行き来していたとき、背後で小さく物音が鳴った。
受付の後ろの扉は優子さんの作業場へと繋がっていて、さらにその作業場は母屋の庭とつながっているのだ。
なので、物音を鳴らしたのはきっと差し入れかなにかを持ってきてくれた優子さんだろう。そう思った私は後ろの扉へと目を向けたのだが、


「・・・」
「・・・・・・・ん?」


扉の前に立っていたのは、優子さんではなかった。
小さな女の子がこちらをただただ見つめていたのだ。

そういえば、優子さんには幼稚園に通っている娘さんがいたんだっけ。確か、名前は、


「もしかして・・さんご、ちゃん?」


なるべく驚かさないように、声を和らげて問えば女の子は小さくコクンと頷いた。頷いた時にふわりと揺れたウェーブの髪がなんとも言えず綺麗で、それでいて繊細だった。


「あ・・えと、私、って言うの。お母さんの手伝いをしてるんだ」


そう言って笑顔を浮かべると、三瑚ちゃんが小さく口を開いた。


ままがね、おねえちゃんのとこいっといでって。さんごもね、ままのおてつだいできるんだよ。
お手伝いなんて、えらいね。じゃあ、一緒にお母さんのお手伝いしよっか。
うん。


なんて、可愛らしいいんだろうか。私は生憎兄弟がいなかったのでよく分からないが、もし妹ができたとしたら、こんな感じなのだろうか。あれだ。今なら妹やお姉ちゃんを本気で好きになってしまう弟・お兄ちゃんの気持ちが分かるぞ。

そうして三瑚ちゃんの座る椅子を探していると、いつの間にか近くに来た三瑚ちゃんが私の服の袖を引っ張った。


「ん?なあに?」
「だっこ」
「だっこ?」
「うん。だっこがいい」


・・ばか!可愛すぎる!
癒しだ!天使の子だ!ばんざい!

じゃあ、おいで。と三瑚ちゃんを膝に乗せれば、三瑚ちゃんは嬉しそうに笑顔を浮かべる。
こちらまでとろけそうな笑みだ。


それ以来、三瑚ちゃんのお手伝いでの居場所は私の膝の上となっている。
最初は慣れなくてよく足がいたくなったりしたのだが、そんなことはもうない。
だってこの子は天使の子だから!・・とか思っちゃう私、相当三瑚ちゃんにベタ惚れだ。





そんなこんなで今日も相変わらず私の膝の上にいる三瑚ちゃんは、お絵かきに熱中していた。
クレヨンで書かれたもじゃもじゃ頭の二人は右から順に、慈朗くんと三瑚ちゃんらしい。
慈朗くんと三瑚ちゃんは笑顔で手をつないでおり、三瑚ちゃんの右には黒髪の笑顔の人が描かれていた。


「じゃあ、この人は?」
おねえちゃん!」
「わわ!私?嬉しいなあ、ありがとう」
「さんごとおねえちゃんは仲よしなの!」


ああ、もうかわいい!本日何回目になるだろうか。にこにこと笑う三瑚ちゃんの頭をやさしく撫でる。すると三瑚ちゃんはくすぐったそうに目を細めた。


「ただいまあ」
「じろーくん!」
「あ、慈朗くん。お帰りなさい」


相変わらず眠たそうな慈朗くんが背後の扉からのそのそとやって来た。


「帰りが早いね。部活は?」
「今日はオフなんだあ」
「じろーくん!さんごね、おえかきしてたの!みて、みて!」


三瑚ちゃんは私の膝から慈朗くんを振り向き、小さな手で手招きをする・
それに慈朗くんは応え、なに描いたの?と首を傾げながらこちらにやってきた。


「これ、これ!」


三瑚ちゃんが指差す先には先ほどの絵がある。
慈朗くんはそれを見るため、私たちのすぐ隣から覗き込んできた。ふわり、と慈朗くんからは甘い香りがした。


「じろーくんと、さんごと、おねえちゃん!」
「おー、上手上手!でもこの絵、おれとちゃんがなんだか夫婦みたいだね」


冗談っぽくにかりと笑って、慈朗くんはそう言った。「たしかに。」私もつられて笑った。
すると三瑚ちゃんは「え?」と不思議そうな顔をして、口を開いた。


「おねえちゃんとじろうくん、けっこんしないの?」
「え」
「え?」


きらきらした、純粋な瞳が私たちを見上げてくる。きっとその言葉に深い意味はないのだろう。だから、余計に、私たちは気まずい雰囲気になってしまった。


「けっこんしないのー?」


痺れを切らしたように、三瑚ちゃんが再びそう問いかけてくる。
私が苦笑いしつつ、う〜んと唸っていると、慈朗くんは三瑚ちゃんの頭をくしゃくしゃとか乱雑に撫で回した。三瑚ちゃんからむう、と声にならない声が漏れた。


「ばあか」
「さんご、ばかじゃないもんー」
「・・・でも、」
「ん?」


にかりと笑って、私を見つめて。


「結婚、しちゃおうか」


にしし、といたずらっ子な笑みを浮かべて慈朗くんはそう笑った。三瑚ちゃんが嬉しそうな声をあげる。


「はは、いいね。しちゃいますか」


慈朗くんの冗談を理解した私も、笑いながら慈朗くんにそう答える。慈朗くんとなら、いいよ。そう、零れた本音も付け加えて。


「わー!おねえちゃんとじろーくん、らぶらぶだあ!」
「ばあか」


慈朗くんはもう1度三瑚ちゃんの頭をくしゃくしゃにして、すっと姿勢を元に戻した。
顔が見えなくなった慈朗くんを振り向くと、困ったように頭をかいて、私と目が合うと、これまた照れたような、いたずらっ子のような、困ったような、でも綺麗で甘い笑みを浮かべた。




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